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そういうもんなんですか?
自分が何を基準にしてるかは分かりませんが福田首相になってやっと本来の首相の姿に戻ったと思っていました。
ところで、この夏の思い出、幻の4巻についてのお話を聞いてください。
今ではすごく有名なお話になってしまいましたが、手塚治虫先生の「ブラックジャック」の単行本(全25巻、秋田書店、少年チャンピオンコミックス、1974〜1995年)のうち、“幻の4巻”があるのを知ってますか?ものの本によると初版から第14版までが“幻”の本と言われていて、何がどう幻かというと、それ以降は差し替えになったお話があるんですね。現在は4巻最後のお話は「からだが石に…」なんですが14版以前は「植物人間」というお話でした。それを長年探していて、つまり「つるんづの→漫画文化を学ぶツアー」の重要ポイントで、今まで何回か見かけてもすごく高い値段が付けられていてなかなか読むことができませんでした…が、この度、地元のとある場所で読むことができました(所有はしていません)。僕が見たのは第9版(昭和50年)。そして僕が所有するのは第80版(平成元年)。で、本編なんですが、感動しました。やっぱりブラックジャックは良い漫画です。ただ、現代で使ってはいけない、または当時との認識の違い、というのを感じました。僕自身は使ってはいけない言葉や発想などこの世にあるわけがないと思うんですが、それは言う人と聴く人の傷付かない許容範囲内で誤解なく意味が通じる場合だけだとも思います。そして、全てが全てそんな場合だけではないですよね。「植物人間」に描かれた言葉遣いや、発想、その行動によって余計な(もしくは新しい)問題が増えるからクレームが付いたのでしょう。明らかな用語の間違いもありました。この時だったかどうか、クレームによって実際に漫画家を辞めろとも言われたみたいです。しかし、良いお話でした。「植物人間」以外もそのまま読み直したら、改めてこの漫画、かなりやばいところに足突っ込んでますね。あれが差し替えならこれは…?なんてことも見受けられます。知ってる話を読み進めるうちに「あれ?」と引っかかるところがあって、何かな?と、僕の持ってる4巻と比べるとセリフが削られていたりしました。「植物人間」もこのようにセリフの差し替えくらいで良いんじゃないかなと思ったけど印象としてやっぱり危ない気はします。希望がありすぎるのです。深刻に悩んでいるところに可能性を示唆すると「もしかして」と思っちゃいますよね。その感じは、これを薄く薄くしたところに、僕達が遅刻しそうになった時、僕達が大事なものを壊した時、「ドラえもんがいてくれたらなあ」なんて余計なことを思う現象に似ていました。このお話で手塚治虫先生の描いたことは、少年が今から頑張るぞという瞬間。そしてその瞬間を少年に与えたブラックジャックという男。だったんだと思いますが、題材の方に注目が偏りそんなふうにいくつかの誤解が生じたんだと思います。
海の家ライブ実行委員会さん>大成功おめでとうございます!ほりさんに聞いて、ヒダリさんHPから海の家ライブの模様の映像を見させていただきました!すごいですねぇ!それとこないだ神戸でヒダリさんが弾き語ってるところこっそり見ました。またこっそり見まーす。
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